出会い
10余年前、離れて暮らす母の認知症状がひどくなり介護保険請求の手続きをすることになりましたが、元々健康体の母には当時主治医がいませんでした。
困り果てた私は、母が昔主治医として懇意にしていた折茂医師の電話番号を調べ、連絡を取りました。
「はじめまして…」の挨拶から始まり母の状況・症状を説明したところ、快く診察され保険請求がおりるまでその病院に入院する手配をしてくださいました。
その療養病棟のオレンジ色の優しい光に対し、カラリストとしての私の疑問は「あの光で患者の顔色をどの様に判断しているか」でそれを折茂医師に質問した、まさにそれをきっかけに医師と色の専門家の色と介護の取組が始まります。
違和感
同時に母の居場所を探すためたくさんの施設見学をしました。介護の世界は全く素人でしたが、私がそれまで想像していたよりずっと明るい居住スペース・外からの光を優しく入れ込む窓・きれいに整理されたベッド・美味しそうな食事など、持っていた施設のイメージが見事に払拭されました。
しかし、見学を重ねるうちに、私の中で一つの大きな疑問が出てきます。
ホールにはたくさんの要介護者がいるのに、皆黙ってうつむいています。なぜあそこに集まっているのだろう?あそこで何をしているのだろう? 何故誰もおしゃべりしていないの?という疑問です。もちろん今では理解できますが、当時はそれが施設では当たり前の風景になっているということに大変驚きました。
同時に要介護者の選択肢が大変少ないことも気づきました。同じような部屋、同じ内容の食事、決められた一日のスケジュールなど、要介護者が自分自身で選べることがあまりないことです。認知症になる前の生活では自分の好みを優先していたはずです。自分の好みはどこにいってしまったのだろう。好みを忘れてしまったのか、集団生活だから仕方がないのか、それとも要介護者は自身のわがままとして我慢しているのか。
施設に入所すると自分で何かを選択することはできないのでしょうか?そうであれば、要介護者が自主的に選択できる何か、介護職にとっても負担が少ないなにか方法を考えてみたいと思いました。