三浦南海子の彩色ケア・色カルタブログ

戦争の色

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戦争中の色、伺いました。

暗めの鈍いブルーを選び、戦争中なんて明るい色は絶対選べないの一言から。
 
僕は丁度中学三年生で学徒動員で中島飛行機製作所で
ゼロ戦をつくっていた。
全寮制で、兵隊さんは食べ物をもらえていたが、
僕たちは配給も少なくいつもいつも腹をすかせていた。

招集された者の中には医者に偽の診断書を書いてもらって家に帰ってしまう人も
いたが、僕はそういうことは絶対できなかった。
ひもじくてひもじくてやせ細っていくけど食べ物がなかった。

寮では中学3・4・5年生が集められていたが、あまりお腹がすくので夜になると
寮から脱走して、近くの畑から芋などを盗んできた。
そして皆で公平に分け合って食べた。
きっと先生たちはそれを知っていたと思うけど、見て見ぬふりをしてくれていたと思う。

それでもお腹が空いていたのだけど、そのうち台湾から小学生(5~6年生)も送られてきて
彼らはもっと食べるものが無かったから、自分たちの少しの食糧から分けてあげたりした。
だから自分はやせて頬がこけてしまった。

自分は今87歳でこんな思いをしていたけど私以上の年の人は皆同じだよ。
今の人は本当に幸せだということを忘れてはいけないよ。
今の日本人に薄れているのはこういう助け合いの精神。
食べ物を食べられることって幸せなことなんだよ

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